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福岡地方裁判所 昭和31年(行)1号 判決

原告 筑豊石油販売株式会社

被告 飯塚市長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和三十年十一月三十日なした給油場設置許可願不許可処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として「原告会社は、石油類販売業者であるが、登記簿上の地番飯塚市飯塚字新地千百六十七番地の四十七宅地五十四坪八合七勺地上にガソリン及び石油製品の販売を目的として事務所木造トタン葺平家建一棟建坪三坪を設置し、長さ三、二米直径一、一米容量三千立入円筒形地下槽一箇を給油槽として埋設し、これに固定式手動計量器一箇を取附け、防火設備として隣接する株式会社福岡相互銀行飯塚支店(以下単に「福岡相互」と略称する)の建物との境界は既設防火壁を利用し隣接する川合悦蔵所有家屋との境界には高さ三、六米幅〇、二五米長さ一六、八米の木造鉄網ラース張セメント(厚さ一寸仕上げ)の防火壁を設置し、消火設備として泡沫消火器及び防火砂を備え、ガソリン三千立モビール、灯油軽油各二百立を貯蔵し又は取扱い、従業員二名が危険物取扱主任免許所持者の指示により飯塚市条例に従い作業する給油場を設置するため、飯塚市火災予防条例及び危険物取締条例その他附属規則等に従い、昭和三十年十一月一日飯塚市消防長を通じて被告に対し給油場設置許可申請をしたところ、被告は右申請につき同月三十日付不許可とし、飯塚市消防長を通じて、原告会社に口頭でその旨の通告をした。しかして右不許可の理由は(1)右申請に基き設置さるべき給油場(以下『本件給油場』と略称する)の西側表間口が十米未満で飯塚市危険物取締条例(以下『条例』と略称する)第三十五条第一号に定める基準に達しない(2)本件給油場南隣の条例第三十七条第一項第一号に規定する建築物である訴外福岡相互の建物との間に条例第三十七条第二項所定の十米以上の保有距離がない(3)本件給油場東側に道路を隔てて存する前同様の建築物である映画館飯塚大映との間に前同様の保有距離がない、且つ(4)本件給油場は飯塚市の中心繁華街に位置し、附近住民も挙つて設置に反対しているから条例第四十二条の緩和規定を適用すべきではないというのであるが、原告としては被告の右不許可処分は次に述べるような理由から全く違法であると確信する。すなわち、本件土地は別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ト)(イ)の諸点を結ぶ線によつて囲まれた部分で、飯塚市昭和通に位置し、表入口たる道路正面より向つて右側には訴外福岡相互の鉄筋コンクリート三階建建物があり、左側には訴外川合悦蔵所有の木造瓦葺二階建店舖及び居宅一棟があり、右両建物の中間空地で、その裏口は幅員六米余の道路に面し、表口裏口間は車馬が自由に通り抜けのできる略長方形の土地であつて、隣接家屋も少く危険の最も少い場所である。しかも本件給油場は後記のとおり火災発生の惧れは全くないから、石油類自体は危険物であつても、これを本件給油装置に入れると同時に危険物たるの性質を失うから条例所定の諸要件の適用はない。けだし条例は本件のような完全な設備をもたない給油場を対象としたものと解せられるからである。仮りにそうでないとしても、被告の不許可の理由は次のとおり不当である。先ず不許可理由(1)については、本件給油場の間口はその表口においては別紙図面(ト)(ロ)間であつて十一米あり、仮りに表口が十米ないとしても裏口間口は十米を越えている。不許可理由(2)については、福岡相互の建物と本件給油場との保有距離がないことは認めるが、福岡相互の建物は条例第三十七条第一項第一号所定の『多衆を収容する建築物』ではない。『多衆を収容する』とは不特定多数の人が相当の時間建築物内に居る場合であつて映画館、劇場、学校等を指すものである。しかるに銀行はその営業時間内に客が短時間往来するにすぎないから同号所定の建築物には該当しない。又福岡相互の建物は同号所定の『市長の指定する建築物』にも該当しない。かりに市長が銀行を条例第三十七条第一項第一号の建物と指定していても右指定は銀行の個々の建築の状況並びに火災に対する危険の有無等の調査をせず単に銀行ということにのみ着眼してなされたものであつて、銀行であつても絶対に火災の危険のない福岡相互の建物についてはその指定自体が不当であつて無効である。仮りに福岡相互の建物が、被告主張のいずれかの建物に該当するとしても、条例第三十七条第三項によれば「地下そう又は給油場を建築物及び施設に対して十米以内に接近して設置するときは建築物の地下そう又は給油場に面する部分を不燃材料で被覆するか又は上部及び左右より二米以上を有する防火壁で火災の場合に火焔を遮断する装置を施さなければならない』とあるところ、本件給油場には福岡相互の建物との境界に高さ二米長さ十九米幅九糎の煉瓦積防火壁、前記川合悦蔵方家屋との境界に高さ三、六米長さ六、八米幅〇、二五米の木造鉄網ラース張セメントの防火壁が存するから、同項の要件を満すものである。もし同条第一項第一、二号所定の建築物について第三項の緩和規定の適用がなく隣家との保有距離を必ず十米以上保持しなければならぬとすれば、左右各十米及び給油場の間口十米合計三十米の空間正面を要し、莫大な地価をもつ繁華街において給油場を設置することは経済上不可能であつて、同条を右のように解釈するならば、不可能を強いるものといわなければならず妥当ではない。不許可理由(3)については、本件給油場と映画館飯塚大映との距離は七、四米であつて条例所定の保有距離がないことは認めるが、右(2)について述べたように条例第三十七条第三項により保有距離は緩和されている。不許可理由(4)については、本件給油場が繁華街にあることは認めるが、その設備、機械の性能その他給油槽及び事務所の状態並びにその周囲の空間により発火等の危険発生の惧れは全くない。又附近住民が本件給油場設置について反対していることは争う。かえつて隣接家屋の所有者たる福岡相互及び川合悦蔵は本件給油場設置については原告に対し同意を与えている。以上のように被告の主張する不許可理由はいずれも失当である上、訴外飯塚自動車株式会社から被告に対し昭和二十九年六月十日附で本件給油場と同一場所に原告申請の内容と殆んど同一の内容の給油場設置許可願を申請したところ、被告は諸般の事情審査の上同月十四日右訴外会社に対して設置許可を与えたことがあり、その後現在まで本件給油場附近の外部状況等には何ら変更はない。以上のとおりであるから被告のなした不許可処分は違法であつて取消さるべきものである。」と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人らは、「主文同旨」の判決を求め、答弁として「原告が昭和三十年十一月一日飯塚市消防長を通じて被告に対し、飯塚市大字飯塚字新地にガソリン及び石油製品の販売を目的とし原告主張のような内容の給油場設置許可申請をしたこと、被告は同月三十日右申請を不許可とし飯塚市消防長を通じて口頭で原告にその旨通告したこと、本件土地が飯塚市昭和通にあつて原告主張の建物に隣接し原告主張の道路に面していること及び昭和二十九年六月十日附訴外飯塚自動車株式会社の給油場設置許可申請に対し被告が同月十四日これを許可したことは認める。原告が石油類販売業者であることは知らない。原告のその余の主張事実を否認する。原告が右給油場設置の許可を求めたのは飯塚市大字飯塚字新地千百六十八番地の一である。被告が本件許可申請に対し不許可処分をなした理由は次のとおりである。(1)原告が提出した給油場設置許可願によれば本件給油場の間口(別紙図面(ロ)(A)間)は九米にすぎず条例第三十五条第一号に規定する間口十米以上の要件を具備しない。(2)本件給油場の南隣には福岡相互の建物があるがそれとの間には保有距離が全然ない。同建物は常時五十名以上の従業員を収容し且つ営業中は多数人が来集するのであるから条例第三十七条第一項第一号所定の『その他多衆を収容する建築物』に該当する。仮りにそうでないとしても昭和三十一年八月十八日公布施行された飯塚市規則第十五号飯塚市危険物取締条例第三十七条第一項第一号に定める飯塚市長の指定に関する規則により指定された同号所定の『市長の指定する建築物』に該当する。だから条例第三十七条第二項により福岡相互の建物との間に十米以上の距離を要するのであるが本件給油場はこの要件を具備しない。(3)本件給油場の東側は道路を隔てて映画館飯塚大映があり、それとの距離は六、七米であるところ、右建物は条例第三十七条第一項第一号所定の建物で、同条第二項により十米以上の距離を要するのにこれを具備しない。(4)右(1)ないし(3)のとおり原告の本件許可申請は条例の定める要件に適合しない不適法のものであるのみでなく、本件給油場は飯塚市の中心繁華街に位置し附近には主要建物が密集しているから有事の際非常に危険であり、又附近住民が挙つて本件給油場設置に反対している事情からみても本件の場合条例第四十二条の緩和規定の適用は妥当ではない。又原告は被告がかつて訴外飯塚自動車株式会社に対して給油場設置を許可したことについて云為するけれども、右給油場は申請当時福岡相互の敷地に建てられていた同会社の『自家用車のガソリン給油のため』のものでその取扱最大数量も本件の三千四百立に対して僅かに九百立にすぎず、構造において間口十米以上を有し、且つ隣接建物との保有距離に関する前記のような制限規定の適用のない場合に該当し、しかも附近住民の反対もなかつたので許可したものである。従つてこれを本件の場合と同一視すべき筋合のものではない。」と述べた。(立証省略)

理由

原告が昭和三十年十一月一日飯塚市消防長を通じて被告に対し、飯塚市大字飯塚字新地の地上に、ガソリン及び石油製品の販売を目的とし、原告主張のような内容の給油場設置許可申請をしたこと、被告は同月三十日右申請を不許可とし、飯塚市消防長を通じて口頭で原告にその旨を通告したことは当事者間に争いがない。なお右設置せんとする場所が飯塚市大字飯塚千百六十八番地ノ一であることは成立に争ひのない甲第三号証により明らかである。

そこで被告のなした右不許可の理由について検討すべきところ、原告は本件給油場はその設備、機械の性能、近隣との関係から火災発生の惧れは全くないから被告が不許可の基準とした条例所定の諸要件の適用はないと主張するが、条例には設備等の如何によつて所定要件の適用を排除すべき規定はなく、又そのように解釈すべき何らの合理的理由はないから、原告の右主張は採用できない。

被告は不許可の理由として第一に本件給油場の間口は九米にすぎず条例第三十五条第一号に規定する間口十米以上の要件を具備しないことをあげているが成立に争のない乙第九号証の二、証人大場敏雄、同佐藤豪の各証言並びに検証の結果によれば、本件給油場の敷地は別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)を結ぶ線によつて囲まれた部分であることが認められ、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。間口とは敷地の道路に面する部分と解すべく、給油場のそれにおいても別異に解すべき理由はなく、本件給油場のように通り抜けの可能な場所においては、(イ)(ロ)間、(ハ)(ニ)間はいずれも間口というべきところ、前記検証の結果によれば(イ)(ロ)間九、六米、(ハ)(ニ)間十米であることは明らかである。よつて強いて(イ)(ロ)間((ロ)(A)間はもちろん)のみが間口であるとすることは意味のないことであつて、この点についての被告の判断は誤つているものといわねばならない。

次に第二の不許可理由中福岡相互の建物が条例第三十七条第一項第一号所定の「その他多衆を収容する建築物」に該当するとの被告の主張について考えてみるに、右建物を同号に例示する学校病院、劇場と対比するとき「多衆を収容する建築物」とは右例示建物に類する多数人の収容を目的とする建築物であつて収容の人員数、目的、態様、設備等から火災時に人の生命身体に重大な危険の予想されるものと解するを相当とすべく、右以外の建築物につき必要な場合には市長がこれを指定することにより賄いうるのであつて、特にこれを広く解釈すべき理由はないところ、成立に争いのない乙第九号証の一によれば福岡相互の従業員が五十名をこえることが認められ、銀行にはその営業時間中相当数の人が出入することはたやすく推認しうるが、これを以つてしては未だ同号所定の「多衆を収容する建築物」にはあたらないというべきである。又被告は福岡相互の建物は同号にいう「市長の指定する建築物」であると主張するが、右指定の根拠である飯塚市危険物取締条例第三十七条第一項第一号に定める飯塚市長の指定に関する規則は昭和三十一年八月十八日施行されたものであつて、本件不許可処分時にはかかる指定がなかつたことは被告において自認するところであるから、本件給油場につき福岡相互の建物との関係においては同条第二項所定の保有距離の制限は適用がないものといわねばならない。よつてこの点についての原告のその余の主張について判断するまでもなく原告の申請にかゝる本件給油場と福岡相互との間に条例所定の保有距離がないことを不許可の理由とする被告の判断は誤りであるといわねばならない。

第三の不許可理由として被告があげている本件給油場の外壁と映画館飯塚大映との保有距離が条例第三十七条第二項の十米以上の要件を具備しないとの点については原告もその距離が七、四米であつて十米以上でないことは自認しているところである。しかるに原告は同項の保有距離は、同条第三項により緩和されると主張するのでこの点について判断する。同条第三項は単に「建築物」と規定するのみであつて、その建築物の範囲は規定自体から必ずしも明らかではないが、右建築物には同条第一項第一号及び第二号に規定する建築物は含まれないものと解すべきことは第一項第一、二、三号の規定と第二項の規定とを対比するときは第三項にいう建築物及び施設が第一項第三号にいう一般建築物及び施設を指すのでありそのいわんとするところは第一、二号以外の建築物施設については十米以上の制限はないがこれを無条件に許すという趣旨ではなく第三項所定の防火設備をした場合に許可するという趣旨の規定と解しなければならぬ。けだし、同条第一項においては同項第四号に規定するとおり(同号中「前項の距離」とあるのは、同項全体の趣旨から「前各号の距離」と解するのを相当とする。)同項第一号に規定する建築物等についての保有距離は三十三米以内に、第二号に規定する建築物等についてのそれは十米以内に短縮することを許さないことになつており、給油場についてもこれに準ずることが合理的であること及び第三項の建築物に第一項第一、二号所定の建築物を含ませるならば第二項の規定は無意味となり、左様な法規の解釈が不合理であることは勿論であるから前記のとおり解釈をしなければならない。従つて条例第三十七条第一項第一号第二号所定の建築物については同条第三項の適用なくこれを前提とする原告の主張は採用することはできない。原告は右のような解釈は給油場には三十米の空間正面を要し繁華街にこれを設置することは経済上不可能となると非難するが同条第一項第一、二号の建築物等については防火及び災害防止上止むを得ないものであり、右以外の建築物等については保有距離の制限はないから原告の非難は当らない。従つて同条第一項第一号の建築物にあたる映画館飯塚大映より十米以内に給油場を設置することは許されないから、原告の右主張は採用できない。

よつて本件給油場はこの点において条例所定の正規の設置基準を具備しないといわなければならないが、更に進んで条例第四十二条の緩和規定の適用の当否について考えてみるに、同条は条例所定の設置基準を具備しない場合でも土地建物施設その他周囲の状況、貯蔵取扱方法危険物の種類及び数量等を斟酌して支障がないと認めた場合特に設置基準を緩和できることとした例外的なものであつて、その判断は市長の自由裁量に委ねたものと解せられるところ、本件給油場の敷地が飯塚市の繁華街の昭和通にあること表入口正面より向つて右側には福岡相互の鉄筋コンクリート三階建建物があり左側には川合悦蔵の店舖居宅があることその裏口は幅員六米余の道路があることは当事者間に争いがなく、これに検証の結果を合せ考えると本件給油場設置の場所は西が幅十米余の飯塚市昭和通東が幅六米余の道路により囲まれた三角地帯の一部で附近は交通頻繁で前記道路側には各種商店等が並び又北は前記川合悦蔵方南は福岡相互の建物に接している狭隘な場所であつて出火その他非常の場合に災害防止に支障を来し公共の安全を保持するに困難な場所であることが認められしかも証人川合悦蔵、同野中岩男の各証言及びこれらにより真正に成立したものと認められる乙第七号証を綜合すると、附近住民も本件給油場の設置申請当時からこれに反対の意向であつたことが認められ、右認定に反する証人大場敏雄の証言はたやすく措信し難く、他にこれをくつがえすに足りる証拠はないこと、その他本件弁論に顕われた本件給油場施設等諸般の事情を併せ考えると、被告が同条の規定を適用しなかつたことは相当であるといわねばならない。

なお本件と同一場所につき訴外飯塚自動車株式会社が昭和二十九年六月十日附で給油場設置許可申請をしたところ、同月十四日被告がこれを許可したことは当事者間に争いがないが、成立に争いのない甲第二号証によれば、右給油場の貯蔵量は九百立であり本件給油場の貯蔵量三千四百立に比し少量であるばかりでなく、本件給油場が条例所定の要件を具備せず、又条例第四十二条の緩和規定の適用の当否については既に認定したとおりであり、しかも前記許可自体の当否について批判の余地がないわけではなく、従つて右許可の事実が本件につき何ら影響を及ぼさないことはいうまでもない。

してみれば被告が本件給油場許可申請に対しこれを許可しなかつたことは相当であつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿島重夫 生田謙二 丹野達)

(別紙省略)

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